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カルテ⑭ 去る人、来る人 または 数字でみる[蔵の街]音楽祭 2  1999 4月号 蔵の街クリニック原稿

卒業・入学、就職・退職、転出・転入。
春は別れと出会いの季節でもある。
去る人の影、来る人の姿、別れの哀しみを癒す出会いの喜びがあるといい。
3月号で、第10回音楽祭を数字でみると、問題となるような集客の落ち込みはないといった。
しかし、一部の実行委員は「いつもチケットを買ってくれる人が今回は買ってくれなかった」と嘆く。
実行委員周辺でチケット売上が落ち込んだにもかかわらず全体の集客が落ち込まなかったのは他から新たに人が来たからに違いない。
表4、表5を見よう。 

表4は当音楽祭を何で知ったか、来場者に情報源を尋ねたものだ。


( 表4 )

 


   
 

当音楽祭を何で知ったか?

( 1 )

ポスター・チラシ・新聞・放送等マスメディア     45%

( 2 )

ダイレクトメール・友人知人等 プライベートメディア 44%

( 3 )

          その他 11%         


小都市のチケット売上は、手売り。
つまり、主催者が知人・友人を介して売り捌くのが主だといわれている
(音楽祭の現状と問題点-全国楽勢調査集計結果-第9回全国音楽祭サミット栃木大会資料集,1998,p27
この場合の広告媒体はプライベートメディアだろう。
しかし表4は、ほぼ同数の人が新聞、チラシなどマスメディアで[蔵の街]音楽祭を知って栃木を訪れたことを示す。

どちらからいらっしゃいましたか、と訊ねた結果が表5だ。


 

( 表5 )

 

1)

栃木市内

22.4% 22.4%

2)

栃木県内

45.9%

3)

首都圏

27.9% 77.6%

4)

その他

3.8%


「その他」には、福岡、香川、奈良、静岡、富山、新潟、福島、宮城などの方々が含まれる。
この中にサミット参加者と目される人は入っていない。
この数字は、以前からいわれてきた当音楽祭を訪れる人は、市内1/3県内1/3・県外1/3との観測にほぼ一致する。
表4、5から、当音楽祭が地縁、血縁を越え各地の音楽ファンに訴求力をもっていることがわかる。
切符が売れなかった実行委員の失意は察するに余りあるがそれにばかり気を取られ現に売れている事実を見落とすのはいかがなものだろう。
我々が考えなければならないのは広域集客と地元聴衆の発掘の手法の違いではないだろうか。
表6は、1演目のみの鑑賞か、2演目以上の鑑賞かを市内市外毎にまとめたものだ。
参考までに全体を100%とした数値を()内に示す。

( 表6 )

 

(表6)

市内 

市外

1演目のみ鑑賞

45( 9.4%)

66(52.0%)

   

2演目以上鑑賞

55(11.4%)

34(27.2%)

   

100

100

100%)


回答者全体では、市外から来て1演目のみ鑑賞した人がもっとも多い(52%)
しかし、市内、市外それぞれを100%とすると、市内の人は「2演目以上鑑賞」が半数を越える(55%)のに対し市外の人は「1演目のみ鑑賞」の方が多い(66%)。
この違いは、10年の歴史の中で栃木市民が音楽祭期間中にさまざまな音楽を楽しむ習慣を身につけるようになったことを示してはいないだろうか。
たしかに絶対数は多くない。
しかし音楽祭のあるなしで市民の行動パターンに差が出るとしたら興味深いことだ。
次に聴衆の行動パターンと演奏会の内容の関係をうかがおう。
   
表7は、今度は演奏会毎に、コンサートを1つだけ聴くか2つ以上聴くか、をまとめたものである。

( 表7 )

 

       

ふえ・
古今東西

ルネサンスの

ウ゛ィウ゛ァルテ゛ィ 
の試み

エマヌエル・バッハの
感情

コン・ウ゛ァリ 
アチオーネン

革新者
ヘ゛ートーウ゛ェン

  1演目  

83

56

44

31

56

54

  2演目以上  

17

44

56

69

44

46


すぐ目につくのは、「ふえ・古今東西」では1演目のみが圧倒的に多く(83%)
「エマヌエル・バッハの感情」では2演目以上が多い(69%)ことだ。
野外コンサートで親しみやすい、吉沢実氏による「ふえ・古今東西」は376名と数は集まったが、多くの回答者はそれしか聴かない。
一方、クラシックの中でもどちらかといえば通好みの「エマヌエル・バッハの感情」は、定員150名が満席でしかも回答者の69%は他の演奏会も聴く。
複数の演奏会が開催される音楽祭で、親しみやすさが最大の価値基準かを考えさせられる数字である。
医師は血液検査の数値だけで診断を下すわけではない。
しかし、血液検査の数値は診断の基礎的データの一つであり重要な参考事項だ。同様にこれまで挙げた数字は第11回以降、栃木の音楽祭が何を目指し、それをどう実現していくかを考える基礎的データであり参考事項であろう。
見てきたように、音楽祭は、広い地域から栃木に来る人を増加させた。
人が集まることで、地域のイメージや品格が高まったりローカルビジネスが成立したりする。
ひいては、地域の活力や文化的伝統といったストックの形成に与るだろう。
文化事業の開催には、こうした地域住民の共通の欲求をも満たすとされる外部効果があり、注目されている(全体会議録 第9回全国音楽祭サミット栃木大会事業報告書,1999,p17
地域住民の理解を得るのに、浅薄で押しつけがましい「啓蒙思想」を振りかざして
地元聴衆のわずかな増加を図るのがよいのか地域の品格やビジネス効果といった、
外部効果に至る文化事業のさまざまな側面をきちんと評価提示して「納税者の合意を得る」ことが重要か。
また、音楽祭と地域の関係を密にするには音楽ファンでない人の力が発揮される場の整備も課題かも知れない。
アーティストと地域住民の味覚の触れ合から芸術に迫る鹿児島県牧園町の郷土料理による交流会などは一例であろう。
一方、既に実現している広域集客を維持増強するには、音楽ファンなら多少遠くても行きたいと思うような演奏会や音楽祭そのものの魅力の創出が不可欠だ。
個々の演奏曲目はもちろん、全体のテーマ性、演奏会場としての歴史的建造物、アーティスト・聴衆・地域の交流、町の魅力など、検討課題は多い。
では、地域の芸術文化の普及に必要なのは何か。
年に一度の音楽祭の内容を「親しみやすくする」
といった姑息な方法か
那須野が原ハーモニーホールの合唱講座
オーケストラ講座のような日常的な教育事業なのか。
古典に親しむには多少の準備が必要
(大岡信:古典を読む理由と意義.夕刊読売新聞 6.5.1998
との見解は参考になろう。
文化事業の生産的側面、すなわち音楽鑑賞などの消費ではなく
そこに至る過程、企画・運営や集客、あるいは演奏、教育といった生産や創造の面に注目すると文化事業の動的性格が見えてくる。その時、担い手である地域住民は
持てる力を集めるだけでなく高める必要を感ずるだろう。
住民の意欲と事業効果が相互に作用すればそのダイナミクス自体が地域創造の活力の証とも、源泉ともなるに違いない。
栃木が古典音楽を国際評価に耐え得るまで追求したら世界のどこから人が来て、どんな外部効果が生まれるか、そうした広がりを意識のどこかにおきながら
これからの音楽祭、地域づくりを考え、実践・研究できるとよい。
音楽祭開催10年を過ぎ、サミットを経験した栃木の文化事業が今後、全国のモデルとなるか、物笑いとなるか。
住む者の心がけ次第である。
本稿に使用したデータは、第10回[蔵の街]音楽祭演奏会場で回収した観客アンケートをもとに実行委員小杉和敏氏がまとめたものである。
氏の根気強い作業に最大の敬意を表したい。